تسجيل الدخول長身のエンバーの横を、アイラが時々小走りになりながらついていく。
棺を背負い黒い外套を頭から被った女と、白い神官服に身を包み赤い髪を揺らす少女が並んで歩く様子はなんともアンバランスだった。「あの、どこに向かっているんですか?」
「南門だ」 「南門? ああ、城壁の外に出るんですね」アイラの質問に、エンバーは最小限の言葉で返す。
迷宮都市の中心街は高い城壁で囲まれている。元々存在していた遺跡を利用して築いたものだ。城壁の内側には領主の館を始め、教会や古くから暮らす市民たちの住宅などがある。エンバーとアイラは城門をくぐって外に出た。
門番は「ここを見回る」
「はいっ!」城門から伸びる街道の両脇には、粗末な作りの家々が立ち並んでいる。素材は木、布、獣皮など様々だ。石や煉瓦で作られた城壁内の建物と比べれば、家とも呼べない小屋以下の代物ばかりだった。
そんな家もどきに挟まれた路地は舗装されておらず凹凸も多い。曲がりくねっており、しばしば分かれ道や行き止まりに行き当たる。道に沿って家が作られているのではなく、家々の隙間がたまたま道として使われているのだ。
迷宮に眠る遺物や財宝に惹かれた冒険者たちが各地から集まり、勝手に住み着いた結果がこれだ。市民税を払えるほど成功する冒険者はほんの一握りで、それ以外は城壁の外に居を構えている。
一歩ごとに土埃が舞う道を進んでいると、エンバーが突然足を止めた。立ち止まったまま、灰色の瞳を一呼吸ほどの間だけ閉じる。そして、ある小屋に目を向けた。
「エンバーさん、どうしたんですか?」
「あった」エンバーが玄関戸の代わりらしい布をめくり上げると、薄く饐えた臭いが溢れ出た。エンバーは傍らに棺桶を置くいて小屋に入る。アイラは鼻を押さえながらそれに続いた。すると、中には襤褸をまとった中年の男が倒れていた。
「たいへん! 人が倒れてますよ!」
「死体だ」エンバーは外套の懐から瓶入りの聖水と財布を取り出す。聖水を死体の全身に振りかけ、それから男の口に銀貨を1枚含ませた。男の口から黒い蝿が数匹飛び立つ。
「死霊を払う簡易儀式ですね! 不死者化を防止するやつ!」
「そうだ」 「ところで、エンバーさんは……その、大丈夫なんですか?」 「何がだ」 「ええっと……」アイラは、少し言い淀んでから、意を決したように尋ねた。
「教会外には秘密になってますけど、エンバーさんも不死者なんですよね? 聖水とかって、大丈夫なんですか?」
「大丈夫だ」 「そ、そうなんですか……」呆気にとられるアイラに構わず、エンバーは男の遺体を担ぎ上げ、小屋の脇に置いていた棺の中に収める。そしてまた曲がりくねった路地を歩き回り、3人の男と、1人の女の死体を収容した。
「すごい、あっという間にこんな……。どうしてご遺体の場所がわかるんですか?」
アイラの問いに、エンバーは二三度まばたきをする。アイラの質問にエンバーが即答しなかったのは初めてだ。アイラは何か不味いことを聞いてしまったのかと冷や汗を垂らした。
しかし、エンバーの回答はあっさりしたものだった。
「わかるからわかる」
「ええ……」誤魔化しているようには感じられない。遺体の臭いがわかるとか、死者の魂を感知したとか、嘘をつこうと思えばなんとでも答えられる。単純に、何と答えるべきなのかわからなかったのだろうか。だがそれはあまりにも都合のよい解釈で――
アイラが考え込んでいる間に、エンバーは城門に向けて歩きはじめる。アイラは慌てて追いかけた。
「あの、もう戻るんですか?」
「こちらは済んだ」 「こちらは……って、南門側にはもうご遺体がないってことですね。次は北門ですか?」 「そうだ。途中で死体を火葬場に置く」城門を抜け中心街に戻った。城壁外とは打って変わって整然とした町並みが続き、行き交う人々の身なりも整う。それなのに棺を背負って歩くエンバーを物珍しげに見る人はいない。むしろ、エンバーについて歩くアイラの方にちらちらと視線が向くほどだ。
火葬場は葬儀屋とは別で、教会の敷地内にある。建屋は大きめの一軒家ほどで煉瓦造り。火災防止のためにほとんど木材が使われていない。扉も分厚い鉄製という念の入れようだ。
エンバーはその重い鉄扉を片手で易々と開く。中はひんやりと冷たい空気で満ちていて、石の寝台がずらりと並んでいた。エンバーは棺から取り出した遺体をその上に並べていく。
「あの、明らかに見た目よりたくさん入ってますけど、その棺っていくらでも入るんですか?」
「死者なら」鎖を生き物のように自在に操り、地獄の炎を呼ぶ黒い棺。これはエンバーが教会に発見されたときから持っていたらしい。調査は何度も行われたが、わかったことはエンバーにしか扱えないことぐらいだ。
この線を突いたところで無駄だろう……そう判断したアイラは話題を切り替える。
「このまま浄魂の儀を行うんですか?」
「しない」 「えっ、でも浄魂をしないと火葬をしても……あ、そうか。浄魂と火葬はこちらの神官が行うんですね」 「そうだ」浄魂の儀とは、死者の魂が迷わず冥界に旅立てるよう祓い清める儀式のことだ。不死者化の原因は遺体に死霊が取り憑く場合が大半だが、現世に強い恨みや後悔を残した者にも可能性がある。これを防ぐために行う儀式なのだ。
遺体を並べ終えたエンバーたちが火葬場を出るとき、教会の鐘楼が3回鐘を鳴らした。正午を知らせる時の鐘だ。
「行くぞ」
「はい、次は北門ですね」 「違う」 「えっ?」さっさと歩き出すエンバーの背中を、アイラはまた慌てて追いかけるはめになった。
Ding-dong、Ding-dongと教会の鐘が高らかに謡う。人々が教会の前に集い、新たな門出を迎える二人を祝っていた。 一人は長身の女。今日ばかりは黒い外套ではなく、白無垢のドレスを身にまとっている。頭には銀製のティアラが載っているが、腰まで伸びる銀髪の方がそれよりもなお美しい。長いまつげに縁取られた瞳は真珠のようで、茫洋としてどこを見ているのかわからなかった。 一人は白髪混じりの短髪の男。決して背が低いわけではないのだが、女と並ぶと小男に見えてしまう。目の下には濃い隈ができ、頬はげっそりとこけていた。口さがないものが見れば「死相が出ている」とでも評しただろう。「まさかサイラスさんとエンバー師匠が結婚するなんて……」 目の前の光景に呆然としているのはオドゥオールだった。エンバーを高位の魔術師と誤解し、教えを請ううちにいつの間にかエンバーを師匠と呼ぶようになっていた。結局何も教えてもらえてはいないのだが、あの超然とした態度を崩さないエンバーが結婚などという俗事に関わるとは信じられなかったのだ。「あー、もしかしてショック受けてんの? ウケるー。誰がどう見たってあの二人は事実婚状態だったじゃん」 そんなオドゥオールをからかうのはツバキだった。ツバキはツバキで盛大に誤解をしているのだが、それを否定する者はここにはいなかった。「俺も未だに信じられんがな……」 濃い髭をしごきながら呟いたのはゴゴロガだった。サイラスとエンバーとは二十年来の付き合いだが、二人の関係が只事ではないことは気づいていても、それが色恋沙汰とは到底思えなかったのだ。 そんな二人に、ツバキはあからさまにため息を吐いてみせる。「はあ、これだから男どもは。ね、アイラだってわかってたでしょ」「あ、ははは。どうですかね。お二人とも仕事とプライベートは分けるタイプだったので……」「えー、アイラちゃんもお子ちゃまだなあ。そんなじゃ嫁き遅れちゃうぞ」「は、はは、そ、そうですね」 冷や汗をかきながら応えるのはアイラだった。 この結婚の発案者はアイラだったのである。エンバーが骸の王の后ではないことを証明するには、別の誰かと結婚すればよいと言ったのだ。そんなのは承知するわけがないとサイラスは呆れたのだが、試しに尋ねてみるとあっさりと「わかった」と了
「おお、骸の王の后よ! ついにお目にかかれるとは!」「后ではない」 エンバーが棺を引きずりながら、山羊頭の巨人に近づいていく。しかし、その背には常とは異なるものも背負われていた。「サイラスさん……あれってもしかして……?」「ああ、たぶんそういうことだろうな……」 アイラとサイラスはエンバーの背中を見た。そこには、老若男女、そして異形を含んだ7つの生首が鎖に絡んで吊り下げられている。それらは苦悶の表情を浮かべ、瞬きをし、口を歪めている。まだ生きているのだ。「そ、それは我が魂の片割れ!? なぜ貴女がそれを!?」「狩ってきた。お前が最後だ」 エンバーが無造作に前蹴りを繰り出す。悪魔の片膝が逆に折れ曲がり、鮮血を吹き出し白い骨が露出する。「どうやってそんなことが……」「分かれた魂は引かれ合う」 悪魔は片膝を付いていた。それはまるで、貴人に対して跪いているかのように見えた。「フハ、フハハハハ! 分命の術にはそんな秘密もございましたのか! ああ、偉大なる骸の王よ! 御身の后よりまた新たな智慧を頂戴しました!」「后ではないと言っている」 悪魔の額に、エンバーの白い手が添えられる。エンバーと同じ大きさはある山羊頭がゆっくりと下がり、地面に押し付けられる。悪魔ははっはっと荒い息を吐いていた。エンバーの剛力に抵抗しているのだが、それはまるで従順な犬が主人に伏せをしているようで滑稽な有り様になっていた。「骸の王はどこにいる?」 エンバーは悪魔に問うた。墓場に吹く風のような冷たい声だった。「后が知らず、私めなどが存じ上げる道理がありましょうか。王の后よ、御身こそ骸の王がいずこにおられるか……」「后ではないと言っている」 悪魔の頭が床に押し付けられる。石畳にびしりと罅が走った。山羊の眼球が半ば飛び出し、血の涙が溢れ出す。「き、后よ。御身は骸の王に后となるべく創られたのでは……」「そうだ」 ごきり、と鈍い音がする。山羊の口腔からもどす黒い血が溢れ出した。エンバーの圧力によって歯が砕けたのだろう。「わ、わからぬ。わかりませぬ……。御身は骸の王の后なのでは……」「違う」 ごきり、ごきり、ごきり、鈍い音
獣が咆哮した。 山羊頭の巨人の手のひらには、偽エンバーの身体が載せられていた。その身体はあちこちが折れ曲がり、頭部が半分潰れて脳漿がこぼれていた。もう片手には、やはり壊れた人形のようになっている死霊術師の細く枯れた身体があった。「よくも……よくも……我が女帝を! 我が肉体を! 我が秘術を持ってひき肉に変えてくれる!」 山羊の口が開いた。赤黒い口腔には無数の臼歯が螺旋を描いてびっしりと生えており、薔薇の花びらを連想させた。女帝と死霊術師の身体がその中に放り込まれ、ぼりぼりびちゃびちゃと噛み砕かれる。「この身は悪魔! 我が作りし魂の器の中で最も頑健! 最も剛力! 貴様らもすり潰して、この身の血肉に変えてくれる!」「あらら、ジジイの身体を捨てたら途端に元気じゃねーの」「なおも愚弄するか! 儂の肉体には無数の魔導印を刻んでおったのだ! 魔術の深奥を知らぬ愚昧な虫けらどもにその価値は永遠に知れまい!」 悪魔の拳が振り下ろされ、石畳が円形に陥没し、砕け散る。サイラスとアイラは左右に飛んでそれを躱した。「なんつー馬鹿力だ」「でも、遅いです!」 振り下ろされた拳をサイラスが小剣で斬りつける。アイラは懐に飛び込み、三節棍で脛を打って離脱する。悪魔が攻撃し、それを躱して反撃する。そんな単調なやり取りが何度も繰り返される。「虫けらども無駄な足掻きを!」 悪魔は激昂し、攻撃が激しくなる。しかし大振りな攻撃は読みやすく、サイラスもアイラも当たる気がまるでしなかった。「こいつ、体術はまるきり素人だな」「不死者を顎で使って、自分はろくに動かなかったんでしょうね」 しかし、サイラスたちの攻撃も効いている気配がない。小剣は切り傷ひとつ、三節棍も痣ひとつ残せない。こうなると不利なのはサイラスたちの方だ。不死者に疲労はない。持久戦となればやがてジリ貧となるのは目に見えている。「ふざけおって……! ならば分けた魂をさらに戻す!」 悪魔はもともと空だった。いまは死霊術師と女帝に宿した二つの魂を統合して収めているが、悪魔の性能を引き出すにはそれだけでは足らない。 分けた魂は自身を含めて十三。道
サイラスとアイラは必死の思いで鎖の猛攻を躱していた。外れた鎖が床を叩き、石畳を砕く。こんなものが直撃したらただでは済まない。「おい、エンバー! 正気に戻れ!」「私たちのこと、仲間だって言ったじゃないですか!」 躱しながら、大声で呼びかける。だが、エンバーの表情はまったく動かない。茫洋とした視線もどこを見ているのかわからなかった。「ちっ、エンバー相手じゃいくらなんでもどうにもならん。一旦退くぞ!」「逃がすと思うかね?」 死霊術師が指を鳴らすと、背後の扉がひとりでに閉じられた。アイラが飛び蹴りを入れるがびくともしない。「こうなったら<聖鎧>で……!」「やめとけ! それで突破できなかったら詰みだ!」 切り札を使おうとするアイラをサイラスが止める。<聖鎧>の効果時間が終わればアイラはろくに動けなくなってしまうのだ。「とりあえず、こんなもんでお茶を濁すかね!」 サイラスの手から小壺が投げられた。それは鎖によって迎撃され、空中で砕ける。中身の聖水が撒き散らかされ、エンバーと死霊術師の身体を濡らし、白い煙を上げた。少し遅れて床に散らばったものが沸騰し蒸気が立ち込める。道化師との戦いでも使った聖水の煙幕だ。 視界が遮られたせいか、鎖の動きがでたらめになった。その隙に二人は広間に林立する柱のひとつに身を隠す。「効くとは思えねえが、時間稼ぎにはなったか」 煙幕の中からエンバーが出てくる気配がない。護衛のために死霊術師の側から離れられないのだろう。死霊術師自身に戦闘力はないという見立てには間違いがなさそうだった。「しかし、エンバーはどうしちまったんだ。あの野郎に操られているのか、骸の王の后ってのが本当だったのか……」 サイラスが白髪混じりの頭をかきむしる横で、アイラは口に手を当てて考え込んでいた。つい先程の光景に違和感をおぼえていたのだ。「サイラスさん、あのエンバーさんってひょっとして偽物じゃないですか?」「偽物?」「だって、エンバーさんって聖水効かないですよね。それなのに、さっき聖水がついたら煙が上がってました」 アイラが思い出したのは、メイズ郊外で死体の回収をしていたときのことだ。不死者が嫌うはずの聖水を、エンバーは平然と扱っていた。「偽物なら、本物のエンバーさんほど強くはないかもしれません」「それなら一丁試してみるか」 サイラスが柱
死霊術師の長い長い語りが始まった。 それは咳混じりでひどく聞きにくいものだったが、昏い情念が滲み出るような語りだった。 * * * ――それは万年の昔に遡る。 一人の男がいた。 男は神の敬虔な信徒で、陽神を敬い、陰神を崇めていた。神をより深く知るために、経典を熱心に研究し、日々祈りを捧げ神との対話を試みた。 何年、何十年とそんな日々を過ごしたが、彼に恩寵が授かることはなかった。神の恩寵がなければ、奇跡の顕現は出来ない。奇跡の強さは信仰の深さに比例すると言われる。男は誰もが認める信仰心を持っていた。だが、なぜか神は男を選ばなかった。 それでも男は信仰を止めなかった。そもそも己の解釈が間違っていたのかもしれないと、より研究にのめり込んだ。経典の外にも知識を求め、医術を学び、錬金術を学び、魔術まで修めた。男は信仰者として以上に賢者として名を高めた。 ある時、ひどい疫病が男の国を襲った。聖職者たちは熱心に祈ったが、癒やしの奇跡もこの病には太刀打ちできなかった。麦の穂が刈られるように人々の命が瞬く間に失われていった。 男の周囲も例外ではなかった。妻と娘が病に斃れた。師や友人を幾人も失くした。家畜も全滅し、財産を失った。男自身も病に冒され、一命を取り留めたものの全身に醜い爛れの跡が残った。男は人目を避け、引きこもって何かの研究に打ち込みはじめた。 疫禍が収まる頃には、国の半分以上が死んでいた。死体は路傍に放置され、それを喰らう禽獣や魔物が街中に蔓延った。神殿を野良犬がうろつき、屋根に蝙蝠が巣を作るほどの荒れようだった。 隣国の王はこれを好機と見た。兼ねてよりこの国の土地を欲していたのだ。隣国とは奉じる神が異なっていた。疫病は彼らの神が齎した奇跡であると喧伝し、すべてを奪い去るべく軍を発した。 隣国の軍は思うままに奪い、犯し、殺した。見目のよい若い女と子どもには首輪をかけて奴隷とした。踏み躙られる民たちは隣国に災いあれと神に祈ったが、それが叶うことはなかった。 半分に減った民のそのまた半分を狩り尽くした頃に、王の軍勢の前に一人の男が現れた。男の顔は醜く爛れ、目は白濁して見えているのかもわからない。歯もほとんどが抜け落ちて、口はぽっかりと空いた黒い穴になっていた。手足は枯れ枝のように細く、その身からは死臭を漂わせていた
アイラが棺を砕いた瞬間、燃え盛る集会所を囲む村人たちの動きがぴたりと止まった。老人も同様だ。目を見開いたまま固まり、わずかな間に続いて倒れ伏す。首がもぎ取れ、ごろりと転がる。「うおー、あっちい!」 猛火の中からサイラスが飛び出す。その直後、集会所の屋根が崩れ落ちた。「ひゅー、間一髪だな。倒壊に巻き込まれたら<防熱>なんかじゃとても耐えられねえ」「やっぱりこれが魔術の核だったんですね」 アイラは荒い息を吐きながらへたり込んでいた。<聖鎧>はすでに解けており、反動を受けているのだ。<聖鎧>は1分間だけ超人的な戦闘能力を与えるが、時間を過ぎれば強烈な疲労に襲われ、日に1回だけという制限もある。 徐々に辺りが明るくなっていく。燃える家々に照らされているわけではない。光の源は空から降り注いでいる。村を覆う霧が薄くなり、太陽が顔を出していた。猛獣の牙を思わせる山並みがくっきりと浮き上がった。 山の中腹に古城が見えた。尖塔がいくつも設けられ、まるで天に向かって槍を突き立てているようだ。石壁には枯れた木の蔦がびっしりと張っているが、侵食によるひび割れなどは見られなかった。「こんなデカい城がすぐそこにあったのかよ……」 突如として姿を現した巨大な建造物にサイラスは目を丸くする。城まではここから歩いて一刻もかからないだろう。屍喰い蝶を離してみると城の方角へ向かって飛んだ。「ようやくゴールが見えたな」「これを隠すための霧だったんですね」 二人の切り札はアイラの<聖鎧>である。 それを回復させるため、村の焼け跡で一泊してから古城へと続く道を歩みだした。 * * * 古城の門は開け放たれていた。内部に照明はなく、薄暗い空間がぽっかりと口を開けている。ランタンを灯して踏み入ると、埃が舞い上がり黴の臭いが鼻を突く。「エンバーは来ていないようだな」 床に積もった埃に足跡がないことを確認したサイラスが呟く。「普通に考えればそうですが、エンバーさんなら上の階に直接飛び込んだりもしそうじゃないですか?」「あー……否定できんな」 屍喰い蝶は上の方向に飛んでいる。この先に一連の事件の黒幕がいるのであれば、上階のどこかなのだろう。「不死者も足跡を残すとは限らん、か」「あの霧のような怪物がこの城にも潜んでいるかもしれません」「ああ、気を引き締